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~サッカー名(迷)言集~ その2

イバン・サモラーノ
「バッジョがいなくなって(インテルから移籍)から、毎晩彼と楽しいサッカーをする夢を見るんだ。」

「ピッチの中にこそ俺の生き場所がある」

パオロ・マルディーニ
「もっとも美しいサッカーとは0-0もしくは相手選手のミスによる1-0である。」

ヴァレリー・カルピン 
人を敬う気持ちってのはサッカーでは時として邪魔をする。
サッカー選手は、厚かましく、どんどん前に出て行くようでないといけない。
何も怖がらない、やたらと敬意を払いすぎない、遠慮を捨てる、そういう性格が必要なんじゃないかな。
とりわけ、ピッチの上ではね。ピッチでは敬意を払うことをルール上禁止にすべきだ!
例えばジダンは世界最高の選手だと思うよ。でもピッチの上ではただの一選手に過ぎないんだ。
俺がジダンに敬意を表するのは、あくまでピッチの外にいるときであって、ピッチに立ったら何者でもない。俺たちは皆同じ選手なんだ」

ピーター・シュマイケル
1998-1999 CL決勝でバイエルン・ミュンヘンをロスタイムの2ゴールで下し、マンチェスター・ユナイテッドが三冠を達成した直後
「アンデルセンでさえ、この物語は書けないだろう」

フランシスコ・コルネホ (マラドーナの育ての親と呼ばれる人)

「もしディエゴが白いタキシードでパーティに出かけても、突然泥だらけのボールが空から降ってきたら、絶対に胸でトラップするだろう」

フリスト・ストイチコフ
94年W杯ブルガリアの快進撃中。神について
「我々は二人とも同じキリストという名前だ。向こうは空の上、こっちは地上だけど、俺にだって奇跡を起こすことができる」

ペレ
「ボールは丸い」

「世界で一番いいFW? 自分。
 世界で一番いいMF? 自分。
 世界で一番いいDF? 自分。
 世界で一番いいGKはと聞かれても、自分と答えるよ」

「サッカーは魔法を使って、すべての人々を夢中にさせる」

「ペレを目指すより、最高の自分を目指せ」

1950年ブラジルW杯決勝、ウルグアイにブラジルが決勝で敗れて泣いていた父親に
「泣かないで、お父さん。ボクが大きくなったら、ワールドカップを取ってあげる」

1970年メキシコW杯決勝、イタリアがジャンニ・リベラを出場させないことへの皮肉
「イタリアはジャンニ・リベラがベンチだと聞きます。
 彼より素晴らしい選手が11人もいるチームに、ブラジルが勝てるわけがありません」

スタンリー・マシューズの死去を悼んで
「サッカーがどうプレイすべきものなのかを教えてくれたのが彼だった」

引退、最後の言葉
「皆さん、この言葉を三回繰り返してください。love-love-love」

ボビー・ロブソン
「戦術はロナウド」

ヨハネ・パウロ二世 (ローマ法王)

ロベルト・バッジョとの会話
「ロベルト、あなたには本当に悩まされています」
「法王様、私が仏教徒であるのが問題ならばお許し下さい」
「あなたの信仰が問題なのではありません。どうやったらあなたのシュートを止められたか。 私は子供の頃ゴールキーパーだったのです」

リヌス・ミケルス
「美しい事はとても大切だ。しかし、勝つことも同じくらい重要だ」

ヨハン・クライフ 
「ヨハン。なんでまた14番なんて番号を選んだんだ?」
「だって9番と言えばディ・ステファノ。10番はペレ。僕がそんな番号を付けたらまぎらわしいじゃないか」

「貴方はしばしば世界最高の選手だといわれるが?」
「私もそう思う」

「1対0で守りきって勝つより、4対5で攻めきって負ける方が良い」

「あなたのような天才に凡人の気持ちがわかるのですか?」
「私はサッカーをはじめてから、自分より下手な選手としか接したことが無いので誰よりも彼らのことがわかっている」

ペレを評して
「私は新しいステファノ(アルフレッド・ディ・ステファノ)になれるかもしれないが、新しいペレにはなれない。彼は唯一、理論を超えている」

ライアン・ギグス
「フットボール選手には、色んなタイプがいる。自信のある選手、才能のある選手。才能だけでプレーできることはあるけれど、自信だけでプレーすることはできない」

リリアン・テュラム
「ロナウドがボールをもって向かってくる。僕は止めようとして構える。 でも顔を上げた時、彼はもうそこには居ないんだ」

ルート・グーリット 
「ディスコで踊っていたら、背の低い男ががいきなり抱きついてきた。
最初はただのファンだと思ったけど、周りにはボディーガードがいた。
よくみたらマラドーナだった」

ローラン・ブラン 
引退の際
「マンチェスター・ユナイテッドは私が生まれる前から存在していたクラブ。だから私が居なくなっても、変わらずそこにあり続けるだろう」

呂比須ワグナー 
「毎日練習に行く時に僕は思うんですよ、いい車に乗って、いい服着て、いいスパイク履いて。この国に何とか恩返ししなければいけないって。そのためには、やっぱり代表ですよね」

ジャンニ・アニエリ (元ユベントス会長)

「ゴールが決まって誰が決めたのかわからない時は、パオロ・ロッシが決めたと言っておけばまず間違いない」

「プラティニを獲得するのに払った額はパンの代金程度だった。だがパンにはフォアグラが塗られていたんだ」

「カンピオーネを戦術で縛ってはいけない。好きなようにプレーさせるべきなんだ」

「ダーヴィッツと道で会いそうだったら、その道を避けるように勧めたい」

「バッジョ?筆を執っている時のバッジョは”ヘボ画家”に見える。しかし、その作品を目の前にするとラファエロのタッチを感じる」

「ロベルト・バッジョがラファエロなら、デル・ピエロはピントゥリッキョに例えられる」

「ゴドーを待つように、私はアレックスの復活を待つよ」
不調のデル・ピエロを戯曲『ゴトーを待ちながら』になぞらえて

ジネディーヌ・ジダン 
「人々を楽しませたい。それはいつも考えている。そうすれば自分が楽しめるから」

ジョージ・ウェア 
「その仕事は僕には向いていない。政界では政敵を攻撃したり、倒したりしなくてはならない。僕は多くの人と友人でいたいんだ」

ジョージ・ベスト
「ガスコインのユニフォームの背中には10と書かれている。最初はポジションを表しているのかと思ったのだが、後に知能指数であることがわかった」

「最高のレベルを極めるには即興で作られる芸術が必要なんだ」

木村和司
マラドーナと対戦して
「試合始まってすぐにやる気なくしたよ。だってフィールドに1人宇宙人がいるんだもん」

ゲオルゲ・ハジ
「俺は試合を造ろうとプレーしたことはあるが、試合を壊そうとプレイしたことは一度もない」

ドゥンガ 
1998年フランスW杯、開幕のスコットランド戦後、
ブラジル人記者の評価が 1.ドゥンガ 2.レオナルド 3.サンパイオだったことを受け
「どうだ、見てみろ。これで日本のJリーグに行った選手はセレソンに選ばれないというくだらない噂はもう終わりにしてくれ。
レオナルドは素晴らしいプレーを見せたし、サンパイオはゴールを決めた。私自身もこのように今日の試合のMVPに選ばれた。もはや日本はサッカー後進国ではない。私はJリーグと日本サッカーに感謝している」

磐田の選手達に
「私には、まだこのBoysに教えることがたくさんある」

ドラガン・ストイコビッチ
「もし我々とクロアチアの選手が再び同一チームで戦えば、アルゼンチンとブラジルの連合軍でも私達には勝てないだろう。何故なら私たちはかつて同じ国に属していたから…」

「生まれ変わっても私はもう一度セルビア人になりたい」

ユーロ2000、ノルウェー戦後、マンオブザマッチを獲得し
「世界は長く不在した日本のピクシーを忘れていたのかもしれない。
しかし、今日、世界は確かに私の存在を思い出したのです」

ラモス瑠偉
1999年8月23日、引退会見で
「魂でサッカーを愛した男を覚えておいてほしい」
「生まれかわったら早く帰化して一緒にワールドカップへ行きたいです」

ACミラン サポーター
ファンバステンの引退表明後の試合で掲げられた横断幕
「ファンバステンのいないサンシーロなんて、羽根の無い風車だ」

ラツィオの選手としてサンシーロに戻ってきたアルベルティーニのために、ミラニスタが用意した横断幕
「ミランは君の心の中に、君はミラニスタの心の中に、ありがとう、デメトリオ」

それに対してアルベルティーニがラツィアーレに用意してもらった横断幕「みんなありがとう、一人の例外もなく」

イタリア記者
不調のバッジョへの採点コメント
「羽を休めている。いつか再び羽ばたく」

イングランド記者
86年メキシコW杯
「マラドーナの、マラドーナによる、マラドーナのための大会」

デンマーク代表チーム
1992年、EUROスウェーデン大会で優勝して
「この勝利はユーゴスラビアのものだ」
ユーゴスラビアが内戦のため出場権が剥奪され、デンマークは代替出場、 準備期間はわずか10日間だった。

アーセン・ベンゲル 
「スタンドに足を運んでくれるサポーターを裏切る権利など、我々にはないのだ」

アレックス・ファーガソン
「確かに、カントナには数えきれないほどの欠点がある。彼は人の指図を受けない人間だ。しかし彼が我がクラブにもたらした最大の功績は、
完璧をめざすならトレーニングをおろそかにするなということを思い出させてくれたことだ」

エリック・カントナ 
何試合かスタメンから外された後、途中出場していきなりゴールを決め、その時に呟いた一言
「俺がボスだ!」

「チームなんてどうでもいい、俺が目立てばいいんだ」

「It's just a game. It's not a war.」(意訳で「もっと楽しもうぜ」)

「監督やチームメイトが何を言おうと関係ないね。興味がわかないんだ」

「フットボールで最も重要なのは、集団として何をするかだ。
  個人として脚光を浴びたいなら、私はテニスのシングルをやる。
 あるいは素敵な女性をパートナーにして混合ダブルスをやる」

マラドーナ提案の「選手の権利を守る会」に参加を求められた時
「いいでしょう。ただし、条件があります。その会とやらに俺が参加する条件は、あなたがそこの会長におさまることだ」

「私は子供の心を忘れようと思ったことは一度もない。
世間では普通と違う人間を異常を呼ぶ。私はそう呼ばれることを誇りに思っている」

「俺の墓石には、どんな言葉も刻んで欲しくない。まっさらな石のままでいい。俺という人間をいつまでも大きな謎につつんでおきたいんだ」

引退試合にて
「みなさん、私はサッカーに対する情熱を失ってしまいました。今までありがとう」

オレ・グンナー・スールシャール
「唯一怖かったことと言えば、私のゴールを祝福しにカントナが追いかけてきた時でした」

マッシモ・マウロ
「私はジーコ、プラティニ、マラドーナとチームメイトだったが、最高の選手はと聞かれれば間違いなくマラドーナと答える。
彼はミーティングの時、10分でも20分でも平気でオレンジやレモンでリフティングしていた。その姿を見て我々はいつも彼に絶大な信頼を置けたんだ」

マルチェロ・リッピ 
「私がナンバーワン監督だって?とんでもない。私は単に、”ナンバーワンチーム”の監督にすぎないのです」

ネドベドを評して
「彼は夢の中でも走っている」

三浦和良
1992年、アジアカップ予選の対イラク戦で決勝弾を決めて
「魂込めました。足に」

1998年、フランスW杯直前で代表落ちし
「代表としての誇り、魂みたいなものは向こうに置いてきた」

「世間の人たちは万が一って表現するけど、FWって連中は万が一を心底信じて疑わない。そして、それを形にしようと準備する。99.9%の過去より0.1%の未来なら、0.1の方に賭ける」

「日本も世界なんですよ」

リケルメ
「代表チームに入るのはすべての物事の中で最も素晴らしい事であり、 常に自分の目指す所だ。だから代表チームに戻れるならどんな事もする。例えば、背番号2をつけてDFとしてプレーすることでも。」

ロイ・キーン
「ユナイテッドは自分が加入してから最強になった」

ホルヘ・バルダーノ
「試合中にボールがオレンジにすり替わってもディエゴは同じようにプレーするだろう」

ジョン・グレゴリー
「いいストライカーがいれば、試合に勝てる。だが、いいディフェンダーがいれば、タイトルがとれる」

ディノ・ゾフ
「キーパーもワインと同じ。熟した方がうまい」

「準優勝だって凄いことじゃないか。素晴らしい大会にしてくれた。」

カルロ・アンチェロッティ
「ヨハン・クライフ氏は、楽しみたいのなら映画館にでも行けばいい」

アドリアーノ・ガッリアーニ
セリエAデビュー20周年を向かえたマルディーニに対し
「彼はミランのシンボルではない。ミランそのものだ」

ニリス・リードホルム
デビュー戦で緊張気味のマルディーニに対して
「パオロ、遊んでこいよ。これはゲームなんだから」

ジジ
「試合に勝ちたいなら、ガリンシャにボールを渡せばいい」

マリオ・ザガロ
「前日からひどい雨だった。すると、決勝相手のスウェーデンは、ピッチ全面を布で覆ってくれた。足技に優れたブラジルの動きを封じたいなら、ピッチは濡れたままにしておいたほうがいいにもかかわらずだ。感激したよ。スウェーデンは、勝利以上に価値のある行動をとったんだ」

マット・バスビー
「成功は確かに喜ばしい。しかし勝った試合に浮かれているだけでは何かを成し遂げたとは言えない。名誉のための勝利に価値はないが、全力を尽くしたなら敗戦をなんら恥じることはない。フットボールはロマンであり、ミステリーであり、詩にも似ている。だからこそ世界で最も愛される永遠のスポーツなのだ」 

ユルゲン・シュレンプ (メルセデスベンツ会長)
ユーロ2000の惨敗により代表スポンサーが次々と降板もしくはTVスポットCMのキャンセルをしているなかで
「どん底に落ちた者を見捨てるわけにはいくまい。」 

カルロ・マッツォーネ
「ブレシアにいる以上、バッジョは『負ける』ということにも慣れていかなくてばならない。しかし、頭の良い彼のことだから、すぐに理解するだろう」

「バッジョはほんとに、人々から最も愛されてる選手だね。遠征の時とか、すごい数のファンに取り囲まれるんだよ。100人ぐらいにサインしたところで、ワシが怒ったふりをして止めさせるんだ。じゃないと、キリがないからね。バッジョみたいなヤツがいると、主人公は絶対ミステル(監督)なんかじゃないよ。主人公は彼以外、誰がいるってんだい? 昨シーズンのボローニャ戦、我々ブレッシャの残留がかかってた試合だ。出場停止の身分だったワシは、バッジョにこう頼んだ。『ワシの代わりを任す。ゲームは頼んだぞ』と。彼のカリスマ性だけが頼りだったんだ。バッジョはワシにこう答えたんだよ。『ミステル、安心して任せてください。僕が、みんなをリードしますよ』ってね。それで、残留できたんだよ、我々は」

ダニエル・パサレラ
「勝利は全ての国民のもの、敗戦は監督一人の責任」

ソラーリ
「彼(マラドーナ)はボールを蹴り始めてから神になったんじゃない。神様がサッカー選手になることを選んだんだ」

ジーコ

「8才の頃からサッカーに親しんできた私が、最初のスパイクを手にしたのは、13才のときでした。自分のスパイクを持つなんていうのは夢でした。だから、スパイクを貰ったときは、本当に嬉しかった。
真新しいスパイクを履いてみると、自分に不可能なプレーはないように思われました。私にとってスパイクは、魔法の靴だったのです。
しかし、私がサッカーの指導をするために辿り着いた異国ニッポンのロッカールームには、泥の付いたままのスパイクが、無造作に転がっているではありませんか。私は非常に悲しくなりました。そして、同時に怒りが込み上げてきたのです。
『来週までに、ここにあるスパイクを、みな磨いておきなさい』
私はそう言った後、宝物のように大切に履きつづけてきた古いスパイクをカバンから取り出して、靴クリームで丁寧に磨き始めました。驚いたのは周りにいた選手たちです。まさか、私がスパイクを磨くとは思ってもいなかったのでしょう。次の週からは、彼らの磨き抜かれたスパイクで、どのボックスも輝いて見えました。
私はサッカーで名声を得ることができました。でも今なお、スパイクをサッカーの心と思い、感謝の気持ちで磨くことに変わりはありません。そして、初めてスパイクを貰ったときの、あの感動を忘れることは出来ません。」

「マラドーナとジーコどっちがうまいか?」という質問に対して「そんなの即答だよ。私の答えはマラドーナだ」

トニーニョ・セレーゾ
「サッカーは一番難しいスポーツだよ。だって、足を使ってプレーするんですよ。足は脳から一番遠くにある部分でしょう」 

ガットゥーゾ
「俺が相手から10回ボールを奪うことは1ゴール決めるのと同じかそれ以上の価値があるんだ。だから俺は誰に言われようと、自分のプレーに誇りを持っている」

ネドベド
「こんなに素晴らしい賞を取っても、僕は変わりません。明日は、いつもどおり練習します。なぜならば、僕はジダンやフィーゴやロナウドみたいな、スーパーな選手ではないからです。チームに貢献するため、僕には練習を積み重ねてコンディションを常に良く保つしかないのです」

「美しいシュートがゴールになるんじゃない!ゴールになったシュートすべてが美しいんだ!!」

フェルナンド・イエロ
「気持ちよく別れを告げたいと思います……代表チームのユニフォームを着た私のプライドを奪い去ることは誰にもできません」

スタンリー・マシューズ
「自らを厳しく律し、フットボールへの情熱を失わなければ、40代になっても20代の頃を上回るようなプレーはできるのだ」

















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