Contents

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Comments

Post a Comment
管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

トラックバックURLはこちら
http://ykrr12.blog49.fc2.com/tb.php/37-ad91bfd4

Demetrio Albertini デメトリオ・アルベルティーニ

albertini_demetrio1.jpg

フルネーム デメトリオ・アルベルティーニ
Demetrio Albertini
ニックネーム デミー,コンダクター(指揮者)
国籍 イタリア
生年月日 1971/8/23
出身地 ミラノ
ポジション MF(CH)
身長 180cm
体重 77kg
代表デビュー 1991/12/21
所属クラブ
1988-90 ミラン
1990-91 パドバ
1991-02 ミラン
2002-03 アトレチコ・マドリード(スペイン)
2003-04 ラツィオ
2004-05 アタランタ
2005 バルセロナ(スペイン)
主なタイトル
1988/89 UEFAチャンピオンズカップ優勝
1989年 インターコンチネンタルカップ優勝
1989/90 UEFAチャンピオンズカップ優勝
1990年 インターコンチネンタルカップ優勝
1993/94 UEFAチャンピオンズカップ優勝

素晴らしい戦術眼と鋭い状況判断によって90年代のミラン、そしてイタリア代表にて活躍、時折放つ強烈なミドルシュートも持味である。ファンタジスタの先駆け、ジャンニ・リベラの再来とまでいわれる才能溢れるプレーヤー。パスセンス、状況判断に優れミドルシュートも脅威そのもの。また精神的にも非常にタフで、アルベルティーニが周りに与える影響力は計り知れない。
P・マルディーニがそうであったように、この選手もまたミランの栄光と共に、素晴らしい成長を遂げたスタープレーヤーである。

17才の時にミランのユースチームに加入し、すぐにその非凡な才能を
見せて「ジャンニ・リベラの再来」とまで言われるほどの評価を得て、
1989年1月15日コモ戦、弱冠18才にしてセリエAデビューを果たす。
90/91シーズン、スター選手の溢れるミランからパドバへレンタル移籍させられるが、ここでの活躍が認められ翌シーズンには再びミランに復帰、このシーズンからのスクデット3連覇に大きく貢献し不動のレギュラーとして君臨、通算5度のスクデット、2度のチャンピオンズ・リーグ制覇等、一時代を築いた。
その後現役生活すべてをミランに捧げるはずであったが、若手に押し出される格好でセリエA通算321試合28得点の記録を残してスペイン名門アトレティコへ電撃移籍を果たす。
ここでもその卓越した技術と戦術眼は衰えを知らず質の高いプレーを見せ中でも第18節のレアル・マドリードとのダービーマッチでは後半ロスタイムに華麗なフリーキックから同点弾を記録し、人々に強烈な印象を残した。
03/04シーズンよりセリエAへ復帰ラツィオにてプレーした後
アタランタを経て04/05シーズン途中よりスペイン強豪バルセロナへ。

敬虔なクリスチャンとしても知られ、ピッチでは勿論、私生活でも羽目を外す事の無い彼を、敬意を込めてカトリックの司祭を意味する「プレーテ」と呼ぶ人も多い。ちなみに彼のお兄さんは本物のカトリック司祭である。

イタリア代表デビューは1991年12月21日キプロス戦。
その後主力として2度のワールド杯を経験するなど、貴重な戦力として活躍する。
しかし、2000年夏より代表指揮官となったトラパットーニの元では
重要視されず、その不満を一度口にしたのをきっかけに代表から離れる事となり2002年ワールド杯ではメンバーにも選出されなかった。
代表通算79試合2得点。

残念ながら05/06を最後に現役生活と別れを告げる。ミランの栄光を経験した選手がまた1人スパイクを脱ぐ事になったが我々は忘れない。
いつかアルベルティーニが再びサンシーロに姿を見せる時をいつまでも待っている。
その時はもう一度君に言わせてくれ、あの時のように...
「ミランは君の心の中に、君はミラニスタの心の中に、ありがとう、デメトリオ」





スポンサーサイト

Comments

Post a Comment
管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

トラックバックURLはこちら
http://ykrr12.blog49.fc2.com/tb.php/37-ad91bfd4

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。