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Paolo Rossi パオロ・ロッシ

Paolo20Rossi.jpg

フルネーム パオロ・ロッシ
Paolo Rossi
ニックネーム バンビーノ・ジ・オーロ(黄金の子)
国籍 イタリア
生年月日 1956/9/23
出身地 プラト
ポジション FW(CF)
身長 174cm
体重 66kg
代表デビュー 1977/12/21(通算46試合,20得点)
所属クラブ
1971-72 プラト
1972-75 ユベントス
1975-76 コモ
1976-79 ビチェンツァ
1979-80 ペルージャ
1980-81 ビチェンツァ
1982-85 ユベントス
1985-86 ミラン
1986-87 エラス・ベローナ
主なタイトル
1982年 ワールドカップ優勝
1984/85 UEFAチャンピオンズカップ優勝
1982年 欧州年間最優秀選手(フランスフットボール誌)

小柄ながら抜群のポジショニングと得点感覚によってゴールを量産、
「バンビーノ・ジ・オーロ(黄金の子)」と呼ばれたイタリア代表ストライカー。

フィオレンティーナのファンであった父親の勧めでサッカー選手を目指しイタリア強豪ユベントスにて育つが、膝の故障からデビュー前に放出される。
その後20才で加入したセリエBにあったビチェンツァにて才能を開花、21得点を挙げてセリエ A 昇格に貢献し注目を浴びると
翌77/78シーズンには24ゴールを挙げてセリエA得点王となり
その実力を証明、1977年12月21日には代表デビューも果たす。
1978年ワールド杯ではメンバーに選出、3得点2アシストの活躍、
チームの4位入賞という成績に大きく貢献した。
ペルージャ時代、八百長疑惑に巻き込まれ2年間の出場停止処分を受け
選手生命の危機に立たされるが1982年ワールド杯にて復活、
長期のブランクから1次リーグこそ無得点に終わったが
2次リーグ以降は本領を発揮、優勝候補ブラジル戦にてハットトリックを達成すると準決勝ポーランド戦では2得点、決勝でも1得点を挙げ得点王のタイトルと共にイタリア44年振りの優勝に大きく貢献、この年のバロンドールにも選出された。
その後はユベントスにスクデット、チャンピオンズ・カップ等
数々のタイトルに貢献したが、両膝の怪我に苦しみ31才という若さで
現役を退いた。代表48試合20得点、セリエA215試合82得点。

現役時代の彼は、誰がゴールを決めたかわからない時はロッシが決めたと言っておけばいい、と言われるほどゴールへの嗅覚に優れたストライカーだった。けして華麗なゴールでもなければ度肝を抜くようなシュートを打つわけでもない。しかし彼のゴールへの執念が数々の感動を我々に与えたことをわすれはしないだろう・・・
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