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Roberto MANCINI ロベルト・マンチーニ

mancini.jpg

フルネーム ロベルト・マンチーニ
Roberto Mancini
ニックネーム マンチョ
国籍 イタリア
生年月日 1964/11/27
出身地 イエージ(アンコナ)
ポジション MF(OH),FW(ST)
身長 179cm
体重 76kg
代表デビュー 1984/5/26vsCAN(通算36試合,4得点)
シーズン 所属クラブ 試合数 得点数
1977-81 ボローニャ - -
1981/82 ボローニャ 30 9
1982/83 サンプドリア 22 4
1983/84 サンプドリア 30 8
1984/85 サンプドリア 24 3
1985/86 サンプドリア 23 6
1986/87 サンプドリア 26 6
1987/88 サンプドリア 30 5
1988/89 サンプドリア 29 9
1989/90 サンプドリア 31 12
1990/91 サンプドリア 30 12
1991/92 サンプドリア 29 6
1992/93 サンプドリア 30 15
1993/94 サンプドリア 30 12
1994/95 サンプドリア 31 9
1995/96 サンプドリア 26 11
1996/97 サンプドリア 33 15
1997/98 ラツィオ 34 5
1998/99 ラツィオ 33 10
1999/00 ラツィオ 20 0
2000/01 レスター・シティ 4 0
獲得タイトル
サンプドリア
1985/86 イタリアカップ優勝
1987/88 イタリアカップ優勝
1988/89 イタリアカップ優勝
1989/90 UEFAカップウィナーズカップ優勝
1990/91 イタリアリーグ優勝
1993/94 イタリアカップ優勝
1994 イタリアスーパーカップ優勝
ラツィオ
1997/98 イタリアカップ優勝
1998 イタリアスーパーカップ優勝
1998/99 UEFAカップウィナーズカップ優勝
1999 UEFAスーパーカップ優勝
1999/00 イタリアリーグ優勝
1999/00 イタリアカップ優勝

ファンタジー溢れる創造力を見事にプレーに表現する事の出来た数少ない選手であり、得点能力にも抜群のセンスを見せた天才プレーヤー
ミスターサンプドリア。

ボローニャのユースで育ち、1981年に17歳でセリエAデビューを果たすと、翌シーズンにはサンプドリアに移籍。その後15年間に渡り
チームのエースとして君臨、攻撃の要として自らゴールも奪えるが、
その素晴らしいパス能力によってビアリ、キエーザ、モンテッラなどの
ストライカーの成長になくてはならない存在だった。
多くの有能なプレーヤーを擁したサンプドリアは、1980年代後半にコパ・イタリアを3度制覇、1990年代にも1度、同カップを制し、1990/91シーズンにはクラブの念願だったスクデットを獲得した。その間、マンチーニはキャプテンとして、中心選手としてチームの勝利に大きく貢献。マンチーニはまさにジェノバの象徴だった。
90/91シーズンにはチーム悲願のスクデット獲得にも貢献し、ジェノアの英雄「ミスターサンプ」の呼名に相応しい存在でもあった。
キャリアの終盤にはラツィオに移籍、年齢的な衰えを見せる所か、その芸術性は一層輝きを増して99/00シーズンのスクデット獲得にも貢献している。

イタリア代表としては1984年8月のアメリカ遠征で初キャップを刻むもこの合宿中に宿泊先を抜け出し夜遊びをする暴挙が当時監督を務めたベアルツォットの怒りを買い、その後長期に渡り代表から追放されてしまう。
1986年、監督交代に伴い代表復帰を果たし1988年欧州選手権には出場したが、イタリアが3位となった1990年W杯では、そのピッチに立つ事はなかった。
R・バッジョにも劣らぬ逸材であった事は周知の事実であり
思った事を口にしてしまうその性格が災いしなければ、イタリア代表としても素晴らしい栄光を掴んでいただろう。

99/00シーズンのスクデット獲得後引退を表明し、当時ラツィオ指揮官であったエリクソン監督の元でアシスタントコーチを勤めるが、
2001年1月の監督辞任と同時に自らもレスター(プレミア)へ渡り現役復帰を果たす。
その後約1ヶ月で再び現役を退き、フォオレンティーナ監督に就任する。
チーム事情によりチームは低迷する事となったが、そのカリスマ性を買われて02/03シーズンよりラツィオの監督に就任すると、素晴らしい采配を見せチームを上位に押し上げている。2004年サマーオフに低迷の続くネッラズーロの監督に就任。現在、最も注目を浴びるイタリア人監督である。

サンプドリアの歴史はマンチーニと共にある。そう言っても過言ではない。なにしろロベルト・マンチーニという男はサンプドリアがクラブ創設から現在に至までに獲得したタイトル全てに関わっているのだから。1985/86シーズンに獲得したコパ・イタリアを手始めに、1回のリーグ優勝、4回のコパ・イタリア優勝、1回のスーパーカップ優勝、1回のカップ・ウィナーズカップ優勝を果たした。天才的なオフェンスの才能を有し、シュートは勿論の事、パスにも非凡な能力を発揮。コンビを組んだFWに多くのアシストを記録し、特にジャンルカ・ビアッリとのコンビネーションは素晴らしかった。



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