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Dino Zoff ディノ・ゾフ

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フルネーム ディノ・ゾフ
Dino Zoff
ニックネーム モニュメント,スーペル・ディノ
国籍 イタリア
生年月日 1942/2/28
出身地 マリアノ・デ・フリウリ(ウディネ)
ポジション GK
身長 182cm
体重 78kg
代表デビュー 1968/4/20vsBUL(通算112試合,83失点)
シーズン 所属クラブ 試合数 得点数
1960/61 ウディネーゼ 0 0
1961/62 ウディネーゼ 4 0
1962/63 ウディネーゼ 36 0
1963/64 マントーバ 27 0
1964/65 マントーバ 32 0
1965/66 マントーバ 38 0
1966/67 マントーバ 34 0
1967/68 ナポリ 30 0
1968/69 ナポリ 30 0
1969/70 ナポリ 30 0
1970/71 ナポリ 30 0
1971/72 ナポリ 23 0
1972/73 ユベントス 30 0
1973/74 ユベントス 30 0
1974/75 ユベントス 30 0
1975/76 ユベントス 30 0
1976/77 ユベントス 30 0
1977/78 ユベントス 30 0
1978/79 ユベントス 30 0
1979/80 ユベントス 30 0
1980/81 ユベントス 30 0
1981/82 ユベントス 30 0
1982/83 ユベントス 30 0
獲得タイトル
イタリア代表
1968 欧州選手権優勝
1982 ワールドカップ優勝
ユベントス
1972/73 イタリアリーグ優勝
1974/75 イタリアリーグ優勝
1976/77 UEFAカップ優勝
1976/77 イタリアリーグ優勝
1977/78 イタリアリーグ優勝
1978/79 イタリアカップ優勝
1980/81 イタリアリーグ優勝
1981/82 イタリアリーグ優勝
1982/83 イタリアカップ優勝

イタリアカルチョ史に多大な足跡を残した真のカンピオーネ。派手さはなくとも常に安定したセービングと抜群のポジショニング、冷静な判断力でチームメイトから絶大な信頼を得ていたイタリア史上最高のゴールキーパーである。
イタリア人として唯一、欧州選手権とワールドカップ両方の優勝を経験しており、スクデット獲得回数はなんと6回にも及ぶ。技術的な面においては文句の付けようがなく、精神的にもチームの柱となった。

4才でボールを蹴り始めた頃からゴールキーパーのポジションに身を置き14才の時にインテル、ユベントスの入団テストを受けるが、当時ゾフの身長が149cmだった事で落選、故郷のクラブ、マリアネーゼにてプレーした後19才でウディネーゼとプロ契約を果たす(この頃には身長も182cmに伸びていた)
1961年9月24日フィオレンティーナ戦にてセリエ A デビュー、5失点と不運なデビュー戦であったが、その後経験を積む事で着実に成長しナポリに加入する頃にはイタリア屈指と言われるまでになっていた。
1972年、ユベントスに引き抜かれるが、30才という年齢から周囲からは批判の声も上がる。しかし、その能力は衰える事を知らず、引退する1983年41才まで不動の守護神として安定したプレーを見せ、6度のスクデッド、2度のコパ・イタリア、1度の UEFA カップのタイトルに大きく貢献する。

1968年4月20日、欧州ネーションズ・カップ(現欧州選手権)
準々決勝ブルガリア戦にて代表デビューを果たし同大会準決勝、決勝でも守護神としてプレーし、早くも欧州チャンピオンのメンバーとして名を列ねる。
その後1970年ワールド杯ではアルベルトシにポジションを奪われるが1971年以降は不動の守護神として君臨、引退間近の1982年ワールド杯ではキャプテンとして1938年大会以来の栄冠を手中にし、その両手にワールドカップは高々と掲げられた。

セリエ A 67/68シーズンから213試合に連続出場、1972年に骨折のため記録はストップしたが7試合休んだ後ピッチに復帰、引退する1983年まで連続332試合に出場した記録を持つ。更にセリエ A では903分間無失点を記録、代表ではなんと1143分間無失点という驚異的な記録を持つ。
また、代表通算112試合出場は2000年11月にマルディーニに抜かれるまでの代表出場最多記録であった。

引退後はユベントスのGKコーチ、イタリアのオリンピック代表監督(ソウル五輪)、1988年にはユベントスの監督となる。
ユベントスの監督としてコッパイタリア、 UEFA カップ優勝、という記録を収めるが1年で解雇、次にラツィオの監督として4シーズンを過ごすと会長にまで上り詰める。
2000年欧州選手権ではフル代表監督をつとめイタリアを準優勝に導きその後再びラツィオの監督となって手腕を振るった。

ユベントス在籍時にはフルシーズン、全ての試合に出場するという偉業を達成し、数々のタイトルを手中に収める。だが現役生活の晩年に「老眼のGK」とも揶揄され、1982年ワールドカップではディノ・ゾフがゴールマウスを預かることに反対するものもあった。しかしいざ大会が終わってみるとイタリアは1938年以来、実に44振りのワールドカップ優勝。ゾフは得点王に輝いたパオロ・ロッシにも劣らぬ素晴らしい活躍を見せ、ワールドカップ史上最も高齢の優勝メンバーとして歴史に記録された。

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