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Dario Hübner ダリオ・ヒュブナー

hubner.jpg

フルネーム ダリオ・ヒュブナー
Dario Hübner
ニックネーム サイボーグ
国籍 イタリア
生年月日 1967/4/28
出身地 トリエステ
ポジション FW(CF)
身長 184cm
体重 77kg
所属クラブ
1987-88 ピエビジーナ
1988-89 ペルゴクレーマ
1989-92 ファーノ
1992-97 チェゼーナ
1997-01 ブレシア
2001-03 ピアチェンツァ
2003 アンコナ
2004- ペルージャ

今尚衰えを知らない強靱でいて柔軟な身体、そこから繰り出される正確なシュートは数多くのゴールを記録する・・、イタリア代表経験はないが、その能力は誰もが認めるストライカーである。

地域リーグのピエヴィジーナでキャリアをスタートさせ25試合10ゴール、C2のペルゴクレーマに加入し通算30試合6ゴール、88/89シーズン途中に同じC2のファーノへ移籍し27試合8得点、チームをC1へ引き上げる。
その後セリエBのチェゼーナへ移籍し通算166試合72得点を記録、
97/98シーズンよりブレッシャへ移籍しセリエAデビューを果たす。
ここですぐに活躍、30試合16得点を挙げ、その能力はセリエAでも
通用する事を証明するが、チームの結果に繋がる事なく、再びセリエBへ。
99/00シーズンには2年連続となる21得点を挙げチームをセリエAに昇格させ、向かえた2度目のセリエA(01/02)シーズンは17得点を記録しチームの躍進に貢献した。
01/02シーズンよりセリエAに昇格したピアチェンツァへ加入し
素晴らしい決定力を発揮、35才にして24得点を挙げトレゼゲ(ユベントス)と並んで得点王を獲得しチームのA 残留に大きく貢献した。
翌02/03シーズン、残念ながらチームのA残留は成し得なかったが
自身は14得点を挙げ、その年齢とは思えぬパフォーマンスで魅了した。
03/04シーズンよりA昇格を果たしたアンコーナに加入したが
活躍出来ず、シーズン途中で不振に苦しむペルージャへ活躍の場を移している。

前述の通りヒュブナーはブレシア所属時の1997/98シーズン、インテル戦で30歳の高齢にしてセリエAデビューを飾った。本来なら「下積みが永い」と表現するのだが、彼の場合は少々理由が異なる。当時セリエBに属していたチェゼーナでプレーをしていた時に憧れのクラブ、インテルからの誘いがあったが、彼はそれを断っている。その理由は「チェゼーナをセリエAに昇格させたかったから。それと会長がいい人だったから」と言う。

これだけの得点能力がありながら、その名前は長い間無名であった。
セリエB時代には数多くのセリエAチームからのオファーもあったが
けして金銭で動く選手ではなかった。
もし若い時代にセリエAチームを渡り歩いていたなら間違いなくイタリア代表にも名を連ねていたと思われる。
セリエBのトップレベルで長い下積みを経た経験が現在の彼を支え、それがあの素晴らしいプレーにつながっているのだろう。
本人が望めば、もっと多くの報酬を得ることができただろう。しかしヒュブナーはそれを良しとしない。妻と子供と酒とタバコと、それと彼の大好きなカルチョがあればよい。人生の豊かさとはなんたるか、それを知る人物である。

一日数本のタバコを吸い、愛妻の作った夕食と食後酒に舌つづみを打つ。休日には家族と一緒にピクニックに出かけ、週末はカルチョを楽しむためピッチへと足を運ぶ。それらはダリオ・ヒュブナーの人生を豊かにするものであって、決して手放すことはできない大切なものである。

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