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Rio Ferdinand リオ・ファーディナンド

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フルネーム リオ・ギャビン・ファーディナンド
Rio Gavin Ferdinand
ニックネーム -
国籍 イングランド
生年月日 1978/11/7
出身地 ペッカム
ポジション DF(CB)
身長 188cm
体重 76kg
代表デビュー 1997/11/15vsCMR
シーズン 所属クラブ 試合数 得点数
1995/96 ウェストハム・ユナイテッド 1 0
1996/97 ウェストハム・ユナイテッド 15 2
ボーンマス 10 0
1997/98 ウェストハム・ユナイテッド 35 0
1998/99 ウェストハム・ユナイテッド 31 0
1999/00 ウェストハム・ユナイテッド 33 0
2000/01
(nov) ウェストハム・ユナイテッド 12 0
リーズ・ユナイテッド 23 2
2001/02 リーズ・ユナイテッド 31 0
2002/03 マンチェスター・ユナイテッド 28 0
2003/04 マンチェスター・ユナイテッド 20 0
2004/05 マンチェスター・ユナイテッド 31 0
2005/06 マンチェスター・ユナイテッド

正確なボールコントロールと、卓越した戦術眼を兼ね備えて、ディフェンスに必要な全ての要素を持つ世界最高峰のDF。強靭なフィジカルで相手FWを弾き返し、鋭い読みでボールをカットする。見とれるような素晴らしい守備のセンスを持つ。

少年時代はMFやFWとして活躍、ウェストハムのユースで育ち、96/97シーズンにトップデビューを果たす。
00/01シーズン途中ディフェンダーとしては当時最高の移籍金1800万ポンドにてリーズへ電撃移籍、大きな話題となり注目を集める。
移籍後、すぐに素晴らしいレベルでのプレーを見せて00/01プレミアベスト11にも選出、その能力の高さを証明した。
02/03シーズンよりマンチェスター・ U へ加入し着実にキャリアアップ、このシーズンの覇権奪回に大きく貢献しイングランド最強DFである事を証明した。

代表デビューは19才となったばかりの1997年11月15日カメルーン戦。
翌年に開催されたワールドカップでは出場機会に恵まれなかったものの
メンバーには選出されている。
一時期、そのディフェンス能力に疑問の声も上がるが、試合を重ねる事に克服し、最も信頼のおけるディフェンダーの1人にまで成長すると、
2002年ワールド杯ではディフェンスリーダーとして君臨
大会を通して高いパフォーマンスを披露し、ベスト8進出の原動力となった。

2004年1月、ドーピング検査をすっぽかした事から8ケ月の出場停止処分、クラブ、代表共にプレーする事が出来ず、2004年欧州選手権を前にイングランド代表にとって最大の痛手となったのは記録に新しい。
同年10月W杯欧州予選ウェールズ戦にて代表復帰を果たし後は
代表、クラブレベル共に、改めてその存在の大きさを知らしめている。

守備能力は勿論の事、リーダとしての素質も兼ね備え、かのボビー・ムーアと比較される事もある。2002年ワールドカップでは世界一と称されたイングランド代表のDF陣を束ね、得意のヘディングで得点も記録。まだ若く、これから更なる成長が見込める大器である。

John Terry ジョン・テリー

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フルネーム ジョン・ジョージ・テリー
John George Terry
ニックネーム -
国籍 イングランド
生年月日 1980/12/7
出身地 バーキング(ロンドン)
ポジション DF(CB)
身長 185cm
体重 82kg
代表デビュー 2003/6/3
所属クラブ
1997-00 チェルシー
2000 ノッティンガム・フォレスト
2000- チェルシー

鉄壁の守備を誇るチェルシーのキャプテン。瞬発力の無さを指摘されるが、それを補って余りあるポジション取りの巧さ、対人プレーの強さを持つ。また、FW転向の噂が立つほど得点力にも優れており、セットプレー時のテリーは得点源としても期待できる。
生まれ持ったリーダーとしての資質は今後のイングランド代表キャプテン候補筆頭と期待されている。

元イングランド代表DFアーセナル主将であったトニー・アダムスに憧れチェルシーのユースチームで育つ。97/98シーズンにトップ昇格、ヴィアリ監督の元1998年10月28日リーグカップアストン・ヴィラ戦にてデビューを果たすと2ヶ月後のサウサンプトン戦にてプレミアデビューを飾った。
99/00シーズン、開幕から国内カップを含め8試合に出場した後、
2000年3月後半から5月初旬まで1部リーグのノッティンガム・Fで経験を積み再びチェルシーに合流する。このシーズンFAカップ優勝のタイトルを手に入れ翌シーズンより貴重な戦力として活躍、チームメイトであるデサイーや元チームメイトであったルブーフやゾラと共にプレーする事で飛躍的成長を遂げた。

ピッチ外では2001年同時多発テロの惨劇翌日、アメリカ人の出入りするホテルで酒に酔い大暴れする他2002年1月にはナイトクラブにて暴行事件容疑から裁判沙汰を起こすなど問題児振りも発揮している。しかし、その後はチームの主将として絶大な存在感を示し、04/05シーズンにはリーグカップ優勝に加え、チームにとって50年振りとなるリーグ優勝を成し遂げ、自身も選手協会によるリーグ最優秀選手に
選出、心身共に大きく成長した事が認められた。

2003年3月29日欧州選手権予選リヒテンシュタイン戦にて代表初召集、2003年6月3日セルビア・モンテネグロ戦、サウスゲートに代わり後半から出場し代表デビューを飾った。その後着実に経験を積み
2004年欧州選手権には3試合に出場、チームのベスト8進出に貢献し不動の地位を確立させた。

2004年サマーオフには更なる補強に成功し世界でも最高峰のタレント集団と化したチェルシー。そのチームにあってキャプテンとしてチームをまとめると共に、世界最高とも言われる守備網を率いるリーダーの役割を見事に果たしている。
指揮官モウリーニョに「世界最高のセンターバック」と言わしめた実力を6月ドイツの地で更なる活躍を見せてくれるに違いない。

~サッカー名(迷)言集~ その3

ルート・ファンニステルローイ(マンチェスターU&オランダ代表)
情熱なら誰にも負けない。

ジャック・ルメール(元フランス代表監督)
我々指導者は学ぶことを止めたときに教えることを止めなければならない。

中田 英寿
基本があれば、1を100にだってすることができる。

イビチャ・オシム(ジェフユナイテッド市原監督)
我々がストリートサッカーから学ぶものは多い。路地裏にはそれをしろ、それはいいプレーだと怒鳴る監督はいない。選手は何の制約のない中から自分で判断せざるを得ない。同時に人数も足りないからすべての役割を担わなくてはならない。トータルな組織の考えをそこで学ぶのだ。

肉離れ?ライオンに襲われた野うさぎが逃げ出すときに肉離れしますか?準備が足りないのです。

ドゥンガ(元ブラジル代表キャプテン)
サッカーは理屈じゃない。身体の芯まで、やるべきことをしみこませるスポーツなんだ。

ドラガン・ストイコビッチ(元ユーゴスラビア代表)
日本の選手には常にシンプルなプレーを心掛けるよう言ってきた。

奥寺 康彦(元日本代表)
上手い選手は、出来ないことはやらないんだよ。

セルジオ越後(サッカー解説者)
個性というのは教えられないからね。

トンマージ
「今日は2度目のセリエAデビューを飾ったような気持ちだ。給料ダウンの申し出をしたのは、ローマとサッカーを愛しているから。自分に対する賭けだった。賭けに勝ったかどうか、明らかになるのはまだこれからさ」
1年5ヶ月の長期離脱から月給20万円を申し出たトンマージのヴィオラ戦後のコメント

フランコ・バレージ
引退を撤回して臨んだ、95/96シーズンの開幕戦。最終ラインから上がってスパイクの裏でゴールに流し込んだ男は言った。
「ゴールキーパーも俺のシュートを受けられて光栄だろう。」

ファビオ・カペッロ
選手が結果を出せれば私は嫌われても構わない。

勝つことが私の興味の大部分。残りは哲学であり、ポエムであり無駄話だ。

サー・マット・バスビー
成功は確かに喜ばしい。しかし、勝利した試合に浮かれているだけでは何かを成し遂げたとは言えない。

名誉のための勝利に価値はないが、全力を尽くしたのなら敗戦を恥じる必要はない。

私にとってフットボールはロマンであり、ミステリーであり、詩にも似ている。

人生そのものなのだ。時を越えた魔力を持つ永遠のスポーツと言ってもいい。

中山雅史
行かないところへ行く、走れないところまで走るそれをやめたら 僕の価値なんてないんです。だからそれを続けていくのが使命なんです。

ジェンナーロ・ガットゥーゾ
「何かをやろうと決めた時には、ただ漠然と事を進めるだけでなく、満足いくようにしっかりとやらなければならない。それが真の男と、そうでない者を分ける。」

ルート・グーリット
「私達はゲームを99%支配していた。負けたのは残りの3%のせいだ。」

ロイ・キーン
「このタイトルが一番嬉しいんじゃない。次のタイトルの方が常に嬉しい。」

ヨン・ダール・トマソン
「ボクにも君と同じ試練を持っている姉がいます。 その彼女のためにボクは手話を覚えたんですよ。」
「君の試練は君にとって辛いことだと思いますが、君と同じように君の家族も、その試練を共有しています、君は一人ぼっちじゃないという事を理解していますか?「わかっているなら、オーケー!誰にも辛いことはあります。君にもボクにも、そして君のお母さんにも辛いことはあるのです。それを乗り越える勇気を持ってください。」
キャンプ地和歌山で耳の聞こえない少年に対して。

エレニオ・エレーラ (元インテル監督)
「勝ったらみんなで喜べ、負けても誰も責めるな」

オリバー・カーン
2002WC対韓国戦前
「誤審?関係無い。全部俺が止めればいいんだ」

モリエンテス
「審判に2点を奪われた。これは親善試合じゃない。W杯というビッグな舞台なんだ」

ディエゴ・マラドーナ
ナポリ時代
「とにかくボールをオレに回してくれそしたら、勝つ方法を考えるから余計な心配は、要らない」

1990年WCイタリア大会で、ユーゴスラビアに勝ったとき、泣いていたストイコビッチに
「泣くな。君には未来がある」

ズボニミール・ボバン
代表引退を決心したボバンは
「誰も代表で戦うのをやめたくはない、だからキャプテンである自分が先例になる。今のクロアチアには若い力が必要なんだ…」

ビル・シャンクリー(元リバプール監督)
「あなたにとってサッカーとは生き死にと同じくらい大事なものなのですね?」というインタヴュアーの問いに
Football is not a matter of life and death. It's much more important than that.
サッカーは生き死にの問題ではない。それよりももっと重要だ。

デビット・ベッカム(レアル・マドリー)
サッカーと戦争を同じ次元で語るべきではない。
しかし、我々が勝利することで人々に微笑みを与えることが出来るなら、ぜひ勝ちたい。

ロベルト・バッジョ
子どもの頃に夢見たような素晴らしいことばかりじゃない辛いことは山ほどある。サッカーの世界は厳しいのさ。それに気づいたからこそ、その後の自分があるんだと思う。

10番にはファンタジーな世界観を持っている選手のみが背負うことのできるナンバーって意味もある。

夢中になることが大切なんだ。
面倒くさいと感じたり、情熱を失ってしまったら、何もかもが終わりだからね。時には僕だってそれを忘れそうになる。だからこそどんな時も集中しなければならないんだ。

デニス・ベルカンプ(アーセナル)
僕にとって大事なのは、エレガンスが感じられるプレーだ。ある種のスタイルのある点のとり方をしたい。僕には、ゴール前で押し込むようなシュートのほうが難しく思える。押し込める位置にいなかったり、いたとしてもミスしたりする。いずれにしても、それは僕の点の取り方じゃない。

フランチェスコ・トッティ(ASローマ&イタリア代表)
サッカーは僕にとって楽しみでありショーなんだ。だから、難しいことでもやってのけられるんだよ。

クラレンス・セードルフ(ACミラン)
誰もが川を渡って、金持ちの岸に行きたがる。だけど、もし世界中の人々が人類は一つの大家族だと思うようになれば、自分一人で川を渡ろうとする事は止めるだろう。一人ひとりが協力して川に橋を架けようと努力すれば、人生の川は皆で一緒に渡る事だって出来るんだ。

アーセン・ベンゲル(アーセナル監督)
「人生で大切なことは、自分を信じること」

ドゥンガ(元ブラジル代表)
「人生において勝利を得る方法はいろいろとある。しかし、苦労を伴わずしてそれを得ることはできない。 」
「私は絶えず「勝つ」という目的意識を明確に持ってサッカーに取り組んできた。」

マイケル・オーウェン
「プロ生活の中で、いろいろなことを学んだよ。いいこともあったからね。でも僕はいつも自分を見失わなかった。」

ペレ
「私にとって背番号10番というのは特別な意味を持っています。」
「厳しい戦いであればあるほど、勝ったときの喜びは大きいもんさ。」

ロイ・キーン
「観客がハーフタイムに食事に行くのはいいが、遅れて席に戻ってくる
くらいならスタジアムに最初から来なければいい」

「アイルランドサッカー協会の役員がファーストで、何で俺たちがエ
コノミーで移動するのか」

ホルヘ・バルダーノ
当時レアルの監督だったバルダーノがロマーリオについて聞かれていった一言
「全く不公平な話だ。彼はアニメマンガに出てくるような選手なのだから…。」

ピエル・ルイジ・コッリーナ
「間違いは誰でも犯すその間違いもサッカーの一部なのだ」

Paul Scholes ポール・スコールズ

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フルネーム ポール・スコールズ
Paul Scholes
ニックネーム -
国籍 イングランド
生年月日 1974/11/16
出身地 サルフォード
ポジション MF(OH,CH)
身長 170cm
体重 74kg
代表デビュー 1997/5/24
属クラブ
1991- マンチェスター・ユナイテッド
主なタイトル
1998/99 UEFAチャンピオンズリーグ優勝
1999年 インターコンチネンタルカップ優勝

相手の視界から消えたかと思うと、絶妙なタイミングでゴール前へ現れ
あっさりとゴールを決めてしまう選手であり、また、味方に点を取らせる事にも優れた素晴らしいパサーでもある元イングランド代表。
大きな舞台や、重要な試合には必ずと言っていいほどの活躍を見せ、
その勝負強さも眼を見張るものをもっている。

幼年時代を地元オルダム・アスレティックの熱烈なファンとして過ごし
1991年にマンチェスター・Uの下部組織入り、1993年にトップ契約を果たす。
94/95シーズンにトップデビュー、翌シーズンからレギュラーに定着すると95/96、96/97シーズンのリーグ連覇に大きく貢献、更に98/99シーズンから00/01シーズンまでのプレミアシップ3連覇、98/99シーズンのトレブル(国内リーグ、FAカップ、チャンピオンズリーグの3冠)など、マンチェスター黄金時代の中心的存在として抜群の働きを見せている。
02/03シーズンには自身最高となる14得点を挙げ昨シーズンの雪辱を果たしている。

代表デビューは1997年5月24日南アフリカ戦。
代表前監督キーガン、現監督エリクソンから絶大な信頼を得ていて、
代表デビュー以来その存在は不可欠なものとなっている。
1998年ワールド杯では初戦チュニジア戦にて貴重な追加点挙げるなど全4試合に出場、続く2002年ワールド杯でも全5試合に出場しベスト8進出の原動力となった。

ボールに対する執着心が人一倍強くそれが時折警告の対象と
なる事もあるが、間違いなくそれも魅力の一つと言えるだろう。

Steven Gerrard スティーブン・ジェラード

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フルネーム スティーブン・ジョージ・ジェラード
Steven George Gerrard
ニックネーム スティービーG
国籍 イングランド
生年月日 1980/5/30
出身地 ウィストン
ポジション MF(CH)
身長 185cm
体重 79kg
代表デビュー 2000/5/31vsUKR
シーズン 所属クラブ 試合数 得点数
1998/99 リバプール 12 0
1999/00 リバプール 29 1
2000/01 リバプール 33 7
2001/02 リバプール 28 3
2002/03 リバプール 34 5
2003/04 リバプール 34 4
2004/05 リバプール 30 7
2005/06 リバプール * *
主なタイトル
2000/01 UEFAカップ優勝
2004/05 UEFAチャンピオンズリーグ優勝

イングランドに突如現れたワールドクラスのCH。強烈なミドルシュートと正確なボールコントロールによって中盤を支配する、リバプール、そしてイングランド代表に不可欠であろうゲームメーカー。
04/05チャンピオンズリーググループリーグ最終節オリンピアコス戦で見せたファイナルトーナメントへ導くゴールは今後永遠に語り継がれるであろうスーパーゴールであった。

オーウェン等と共にリバプールユースアカデミーで育ち、1998年11月29日ブラックバーン戦にて弱冠18才でトップデビューを果たす。
00/01シーズンにはカップ3冠に大きく貢献、プレミアベスト11選出に加えJ・コール等活躍した選手を抑え、このシーズンの最優秀若手選手賞も受賞、まだ20才過ぎの年齢とは思えない能力の高さを証明した。03/04シーズンより主将としてチームを牽引すると04/05シーズンチャンピオンズ・リ-グでは決勝に進出、決勝ミラン戦では前半終了時0ー3と苦境に立たされたが後半開始早々、彼の貴重な追撃弾によりチームは勢いを増し同点に追い付きPK戦の末、ミランを破りビッグイヤーを掲げる事に成功したのである。
このシーズンのUEFA最優秀選手に選出されたのは言うまでもないだろう。

イングランド代表として2000年5月31日ウクライナ戦にてデビュー、その半月後の欧州選手権にも、わずかながら出場を果たし経験を積んだ。活躍が期待された2002年ワールド杯を怪我により棒に振ったのは残念であったが復帰後は欠く事の出来ないプレーヤーとして活躍、2004年欧州選手権では主力として全4試合に出場しベスト8進出に貢献している。

リバプールの顔だったマイケル・オーウェンがレアル・マドリードへと去った2004/05シーズン、クラブはラファエル・ベニテスを監督に迎えUEFAチャンピオンズリーグで大躍進を遂げる。優勝候補を次々と退け、決勝のミラン戦では前半45分で喫した3点のビハインドを追いつきPK戦にて勝利。ジェラードは反撃の狼煙を上げる1点目を決めチームを鼓舞。強烈なキャプテンシーを発揮し、次代のリーダーとしての頭角を現した。
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